日常のなんでもない平和。

コラム

いつも自分がどうありたいか、

その自分と現実の自分に葛藤している。

 

私が目指すところは、

いつも私らしくいるということ。

 

私らしくいるということは、

わたしはいつも平和を望んでいるということ。

 

つまりそれは、

私の全ては平和のためにあるということ。

 

自分の中の平和、自分以外との平和。

様々な平和があり、

私は平和のために生きてる。

 

皆それぞれに自分の平和があるから、

当然平和と平和がぶつかり合う。

 

平和と平和がぶつかりあうのは、当然のこと。

 

そんな時、

人間には言葉があるのだから、

言葉を積み重ねて新しい関係性を築きたい。

 

攻撃・破壊・支配・抑圧という自己満足ではなく、

尊重・共感・共存という新しい関係性の創造に向かって。

 

そのためにはまず、

自分がどのように物事を捉えていて、

どんな思考パターンに陥りやすいか、

そして心底、何を望んでいるのか、

それを冷静に理解しているか。

 

頭の中のお水が煮立っていないか、

煮立っていたらまず火を止めて、

お湯が冷めるまで他のことをして待つか、

そのお湯で、お茶でも入れてみるか。

その人と一緒に飲んでみるのもいい。

 

目を背けず、どんな感情も受け止める。

これが自分なんだ。

と、わかってあげることが大事。

 

そしてその感情や考えを、持ち続けるのか、新しく更新するのか、

相手に強要するのか、それ以外のいろいろか。

 

この地球にはいろんな命があり、個性があり、

その中のひとつが自分であり、その自分に考えがあるように、

またそれぞれに考えがある。

 

理解できないこと、受け入れられないことがあるのは当然のこととして、

 

一緒にいられるように、お互いが変化していく方法を選ぶのか、

ありのままにいることを尊重して、関わり合うことを手放すのか。

またはそのどちらでもないのか。

 

どれでもいいのです。

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